炎に包まれる夢を見る。
守りたいものを守れなかった、あの炎の中の夢を。
「冬が終わって、春が来れば、アネモネの花が一面に咲くの」
「この雪まみれの平野に?」
「雪は冬が終われば融けるわ。そうすれば、また緑が芽吹く。花が咲く。…ねえ、キリィ。幾度も見た光景を、来年は貴方と一緒に見ることが出来るかしら」
「約束しよう、シャリエール。君と共に、また此処に。」
「西の砦が落とされた。敗残兵がこちらに向かっている。…残念ながら、敵兵を連れて、だ」
「敵はおよそ3000というところでしょうか。戦勝の興奮冷めやらぬ…士気の高い戦鬼どもです。そして、その後ろには砦を占拠する6万の軍勢。率いるはグレース=フォン=バルトフラウ」
「アルソー卿では1万も減らす事はかなわなかった、か。…残念だ。我らが領地は絶望的な戦況にあると言っていいな」
「しかし、此処を放棄する事は出来ません。本国守備においてこの地は重要な拠点…突破されれば、後は満足に軍備も整えていない貴族の領地ばかり。都へと攻め込まれるのも恐らくはあっという間でしょう。」
「………しかし、拮抗しうるだけの兵力は我らにない。本国の援兵はいつ頃到着する?」
「三日はかかるでしょう。我らは三日間、この地を死守せねばなりません。」
「三日か。文字通り、死守となるだろうな。…女子供は逃がしておきたい。サイラス、手配を頼めるか」
「既に集めてあります。…いえ、集まってくれました。シャリエール嬢がまとめてくださっているようです。良い娘さんをお持ちですね。」
「シャリエールか。…良い娘だよ。…花嫁姿を見ることが出来ぬのが心残りになりそうだ。」
「キリィ」
「…驚いた。幻覚か?何故君がここにいる?」
「貴方と、花を見たかったから」
「………ああ、…ああ、そうだ。約束を、したな」
「したわ」
「…見たかった」
「見たかったわね」
「…一緒には、もう、見れないな」
「……………そうね」
「幻覚でも、最期に君に逢えてよかった。シャリエール、…」
「私も。…逢えて良かった。貴方と過ごした日の事、絶対に忘れない」
「また逢える時が来たら、次こそは、アネモネの花を……」
「まだ生き残りが居たか」
「女か?男ばっかりの村でつまらねえと思ってたが、なんだ、居るじゃねえか。逃げきれなかったのか?」
「……、…」
「ん?なんだ、刀なんて持って…」
「……見たかった。…貴方と」
「けれどもう叶わないなら、この地だけでも私が守る」
『夢を見ていたのね』
「…夢」
『そう、叶わない夢』
「……叶うはずだった」
『けれど貴女は守れなかった』
「…守れなかった。キリィも、家族も、街も」
『アネモネの花も、もう咲かない』
「全て焼いてしまった」
『貴女の心は冬のまま』
「春は訪れない。…そう、…きっと、このまま」
『憎しみと後悔が雪となって心を閉ざす』
「…………」
『歩きなさい。貴女は生き残ってしまった。もう一歩も進めなくても、進まなくてはならないの。例え苦難しかない道でも。』
「何処に向かえばいいというの」
『貴女の前には無数に道がある。何処に向かえば良いかわからないなら、ただ前に進めばいいのじゃない?』
「……君は」
『貴女の抱いた強い希望を、叶わぬ夢を、絶望に覆われた悪夢を食べる者。これといった名はないの。好きに呼んで頂戴。』
「なら…暗く冷たい言葉をかけるかと思えば、明るく晴れたように笑う。けれど内面がまるで見えない。掴みどころもない。まるで雲のよう。……浮雲、と」
『ふふ。……ならば今からそれが私の名。貴女が絶望を抱く限り、心の曇りが晴れぬ限り、傍に在る者。
さあ、新たなる道を進む者よ、貴女の名を何と呼べば良いかしら?』
「…… 」


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